公開シンポジウム 
自閉症者の語る自閉症の世界


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ミニ講演(日本語原文)
by 東田直樹

 こんにちは、東田直樹です。僕は、現在、通信制高校の2年生です。自宅で勉強しながら、創作活動に取り組んでいます。朝は父とランニングを行い、時々ヘルパーさんとボーリングや、買い物、図書館に行く生活を送っています。
 僕は、重度の自閉症です。自分の気持ちを伝えられなかった頃、泣いて叫んで騒いでも、誰も僕の気持ちを分かってくれず、町をさ迷う一羽のカラスみたいに僕はとても孤独でした。重度の自閉症というと、話せない、人の気持ちが分からない、想像力が乏しい、などと言われるかも知れません。
 その僕がこんな風に、みなさんにメッセージを伝えられる日が来るなんて、僕自身思ってもいませんでした。
 僕は話せませんが、筆談ができる前から、みんなと同じような言葉を心の中に持っていました。壊れたロボットのような僕の体の中から、誰かが本当の僕を救い出してくれるのを、ずっと待っていたのです。
 自閉症の人たちが、言葉を話せなくても色々なことを分かっていることに気づいていらっしゃる方は大勢います。気持ちを理解するために、絵カードでスケジュールを提示したり、行きたい場所をカードで選択したりすることは、よく知られていることです。
 その時、絵カードの意味や使い方を教えるために、最初は教える人が手を添えて一緒にやると思います。
 僕がやっていた筆談も同じことです。それまで、字が書けなかったわけではありません。援助者に手を添えてもらって一緒に書く筆談は、自分の内面を表現する方法として、どんなふうに気持ちを動かし、それを書き表せばいいかということを学ぶことなのです。
 カードを取る練習も、慣れてくれば、手を添えている援助者と一緒にやっていても、本人の意思で手を動かしているのが分かると思います。
 ただ、筆談の場合、字を書くので動かす範囲が複雑なこと、また、気持ちに触れる内容だと、苦しくなったり悲しくなったりすると思いがあふれてしまい、とてもひとりで書ける状況ではなくなります。そのため、一緒に書いてくれる援助者の精神的な支えが必要になります。
 僕の場合、まずは、援助者が僕の手の甲を握って、僕の思いを一緒に書くという方法から始めました。次に援助者の手の平を紙の代わりに、僕の右手の人差し指を鉛筆代わりにして書く指筆談という方法を、母が考えてくれました。指筆談は道具もいらないし、筆談より書きやすいため、母とはものすごいスピードで会話できるようになりました。
 しかし、母と行う指筆談では僕が書いていることを他の人に信じてもらえません。そこで、自分の力だけでコミュニケーションを取れるようになりたいと、強く思うようになりました。
 手を添えてもらわずに鉛筆で書く練習もしましたが、文字をひとつ書いている間に、口でしゃべる時と同じように、頭の中が真っ白になってしまい、自分の言いたいことが書けませんでした。
 言おうとする文字を忘れる前に、次の文字につなげるため、8才の時、キーボードと同じ配列でアルファベットを書いた文字盤の文字を指差す方法に、たどりつきました。この文字盤は、母が作ってくれました。外国にも同じようなコミュニケーション方法を行っている人がいるのを知り、勇気がわきました。それから、少しずつ援助してもらう部分を手から肘、肩、背中へと離していったのです。そして、12才の時、自分の力だけで、文字盤の文字を指せるようになり、パソコンでも創作活動を行うようになりました。
 きっと僕の他にも、僕のような内面を持っている自閉症の人はたくさんいると思います。みんな自分の心の中を表現する手段がないのです。
 僕たちは、皆さんが思われている以上に繊細です。考えてもみてください。生まれて一度も人に本当の自分の言葉を伝えたことのない人間が、どんなに不安を抱えながら、自分の言葉を伝えているのかを。ですから、筆談やタイピングの援助は、本人が心から信頼していて、それらの援助に慣れている人でなければ難しいかも知れません。
 僕は、今でも、少しの刺激や精神的な不安が混乱を招いて、うまくタイピングできない状態になることもあります。信頼できる人が側にいてくれるだけで、落ち着いてタイピングすることができるのです。
 会話のできない僕が社会とつながるために、言葉を文章にして読んでもらうことで、僕のことをもっと理解してもらえるのではないかと思い、僕は作家になりました。
 重度の自閉症なので、何も分からないと思われているかも知れませんが、僕は、いつもみんなの話を聞いています。テレビも見ますし、音楽も楽しみます。少しですが、本も読みます。僕は、ずっと普通になりたいと思っていたので、みんなのことを観察してきました。みんなのようには振舞えないけれど、僕にとっては、とても不思議な普通の人々の世界を、別次元の宇宙映画を鑑賞するように見ていたのです。文章が書けるようになると、自分の思いを詩などに書くだけでなく、僕は物語の主人公になって、普通といわれるみんなの世界に登場しました。自分が物語の主人公になることで、みんなの世界を自由に旅していたのです。
 自閉症である僕は、ある意味、普通の人の行動や気持ちは理解できていないかも知れません。
 僕は、今でも普通の人が僕の作品の意図を分かってくれるのか、僕が想像するみんなの世界とのずれがないかを気にしながら作品を書いています。だから、たくさんの人が僕の本を読んでくださったり、感想を書いてくださったりすると、みんなの世界に近づけたような気がして、とても嬉しいのです。
 これまで僕は、普通ではない自分が嫌でした。いつも迷惑をかけてばかりで、人の役に立つことなどできなかったからです。
 この社会で生きるために、僕はみんなのようになろうとしました。でも、努力すればできることもあるけれど、どんなに頑張ってもできないことがあることに気づきました。それに、自分の好きなものや大切にしたいものなどが、みんなと違うものもあります。みんなの価値観や考え方に違和感を持つようになったのです。
 僕は、自閉症者の語る自閉症の世界は、まだこれから明らかにされてくるものだと思っています。
 例えば、僕が感じる感覚の違いでは、こんなことがあります。僕は、雨が降ると、まず音に驚きます。みんなは雨の音がすぐに分かるみたいですが、僕は雨だねと言われるまで、この音が何でどこから聞こえてくるのか、不安になるのです。だから、雨が降ると、音と雨を結びつけようと、じっと雨を見るのです。雨を見ると、雨粒に見とれてしまい、自分がどこにいるのかも忘れてしまいます。次々と降り続く雨粒が、まるで僕の体をすり抜けて地面に落ちているかのような感覚に陥るからです。このように自閉症の世界には、自閉症者本人でないと、説明できない感覚や考え方があります。
 自閉症の全てがいけないのだろうか、と僕は疑問に思っています。自閉症である僕が僕なのです。僕は、僕を愛してくれる人たちを心から愛しています。僕たちにしか分からない自閉症の世界には、とても素敵なものもあると思うのです。ひとりひとりが大切な人であるように、僕が自閉症として生まれてきたことには、きっと意味があります。
 思いに共感してもらうことで、僕たちの気持ちもずいぶん楽になります。ですから、今日の講演会で、僕の気持ちを伝えられるということは、とても貴重なことです。お互いを理解し合うことが、明日への希望に繋がる第一歩だと思います。僕たち自閉症者の未来は、みんなと同じところにあると、僕は信じたいのです。


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