公開シンポジウム 
自閉症者の語る自閉症の世界


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アンケートの質問への答え

東田直樹

1.「自閉症」の世界について

【Q】 みなさんの身の回りの世界にある、自閉症に関する最も重大な誤解は何ですか?
(A) 気がついてもらえない内面があることです。僕がすることを、見かけの行動だけで判断しないで欲しいのです。どんな時でも、僕は、こだわりやいつも通りにしたい気持ちが消えることはないのです。だから、自分の本当の気持ちを出せずにいることがあります。

【Q】 (6歳の「自閉症」児の母親より)みなさんが6歳の頃、世界はどのように見えていましたか?お気に入りのもの(物語、キャラクター、食べ物など)はありましたか?どうしてそれが好きでしたか?不安を鎮める手段にはなりましたか?
(A) 僕は、どうして自分がみんなと同じことができないのだろう、と思っていました。初めは、自分が悪い子だと知りませんでした。でも、いつも幼稚園の先生からしかられるので、僕はみんなと違う悪い子だと知りました。僕は、何とかいい子になりたいと思いました。
その頃は、行動がコントロールできないことや話せないことが自閉症のせいであることなど知らなかったので、理由も分からず、ただ悲しく辛かったです。
お気に入りのものは、テレビ番組では「お母さんといっしょ」です。
見ているだけで、嫌なことも忘れて幸せな気持ちになります。 その番組が好きな理由は、ストーリーがわかりやすく、必ずみんなが仲良くなれる物語だからです。僕もいつかは、そんな世界に自分がいられたら、どんなにいいだろうと思っていました。番組に流れている歌も簡単で、楽しい歌を繰り返しやってくれるので嬉しいです。

【Q】 自閉症の方同士のコミュニケーションは、どのようにしてされていますか?互いに共感することは多いですか?
(A) 会話のできない僕のようなタイプの自閉症者は、お互いに本当の気持ちを伝え合うことはできません。そのことが、僕たちをとても孤独にしているのです。 今回、ラリーやトレーシーと色々話す機会に恵まれて、僕はようやく同じ障害を持つ人と、思いを共感することができました。
同じ障害を持つ人が一緒にいれば、思いが通じ合うとか、分かり合えるなどということはありえません。コミュニケーションなしで人は相手を理解することは難しいのではないでしょうか。

【Q】 文字を書いたり打っている時に、その内容とは別の言葉が口から出ることがあると思いますが、それはどのような感覚なのでしょうか?またその時、その場にいる相手にどのようにして欲しい、どのように受け止めて欲しいということはありますか?
(A) 僕にとっては、声が出ているときの状態は、話をしている感覚ではなく、息をしているときと同じように自然に出る感じです。だから、声は自分でなかなかコントロールできないかわりに、それが文章を考えるじゃまにもなりません。 相手にして欲しいことは、僕が変なことを言っても気にしないで、文字の方に集中して聞いてもらいたいことです。

2.支援のあり方/関わりについて

【Q】 みなさんにとって“医療”は役立つ(有益)なものですか?また“医療”に対して望むものは?研究者に期待することは?
(A) 現在の自閉症に関する研究が、どのようなものか、僕は良くわかりません。医療というと、悪いものを治すイメージですが、本人の困っていることで症状を良くしたいことがあるなら、医療に頼るのも良いと思うのです。
僕は、自閉症そのものがいけないとは思っていませんが、普通の人にはわからない大変さも多いからです。

【Q】 (学校関係者より)学校などで「自閉症」のお子さんが不安に直面したとき、どうしてあげるのがよいと思われますか?
(A) その時の状況で違うと思うので、対応のマニュアルは僕にはわかりませんが、誰でも気持ちに共感してもらえると嬉しいと思います。
自閉症だから理解できないと思わずに、自分だったらどうかという気持ちで、共感してくれると良いのではないかと思います。

【Q】 (家族が子どもの力以上のことを要求して訓練を無理強いすることを心配する立場から)みなさんは、文字で表現する方法を獲得するに至るまでの訓練は苦痛ではなかったのでしょうか?むしろ学者が真実を追究することに歓びを感じるように、表現できる手段を得るためには苦労と感じなかったのでしょうネ・・・。
(A) 上手くなるために練習は必要だと思います。大切なのは、周りの人の気持ちではなく、本人の気持ちだと思います。自分の言葉を伝えられるようになるまで、僕はかなり努力を重ねました。辛いこともありました。けれども、どんなことをしても、自分の力でコミュニケーションが取れるようになりたかったのです。
これは、コミュニケーションについてのことで、その他の訓練に関しては、子供の力以上の訓練が、正しいのかどうか、僕には分かりません。自分の思いを人に伝えられるようになるということは、人生を生きる上で、何より大切なことだと、僕は思っています。

【Q】 今まで他者からされた対応で一番嫌だったことは何ですか?
(A) 僕が、何も分からない赤ちゃんと同じだ、というような態度をされることです。また、僕がこんな文章を書けるはずがないと、信じてくれない人がいることを知ったときも、とても悲しく嫌でした。

3.その他

【Q】 (アスペルガー当事者より)私自身も当事者として表現をすることがあるのですが、「できない」という評価に対して「できる」という言説で対抗することには悩む部分があります。例えば、当事者が、自分は「精神遅滞ではない」という時、それは精神遅滞者のあり方を否定することにならないか、ということです。
(A) 僕は、否定することにはならないと思います。 例えば「天才ではない」というとき、天才のあり方を否定しているのではないのと同じように、精神遅滞というのも、ひとつのグループを表現しているだけだと思うからです。 否定するように感じるのは、精神遅滞という言葉に、特別な感情があるからではないでしょうか。
僕は、障害に優劣はないと思っていますし、健常者と障害者の場合も、それは同じです。それぞれ、生きるための条件は違いますが、だからといって、どの人が不幸かということは、決められないと思うのです。

【Q】 FCを用いたインクルージョンの現状は?
(A) 僕には、分かりません。


4.○○さんへ

【Q】 (東田君へ)「気持ちと感情は、僕にとっては別のもので、感情に振り回されながら僕は毎日を生きている」と言う時の“感情”とは、どのような感情ですか?恐怖ですか?
(A) 恐怖ではありません。
感情は、自分の力ではコントロールできないもので、心の奥からわき上がってくるものです。
気持ちは、心の中に存在する正直な自分の言葉だと、僕は思っています。
本当は、気持ちのまま僕は行動したいのに、脳の機能が上手く働かないのか、自分の言動がコントロールできず、混乱します。この混乱のとき出てくるのが、感情です。

【Q】 (ラリーさんと直樹さんへ)創作活動は、どんな時にアイディアが浮かびますか?
(A) 僕は、文章の場合は、いつも頭の中に書きたいことをためています。
アイディアは、日常生活のちょっとしたことや綺麗な景色を見たときに、場面として写真のようにとっておきます。
文章は、その時に考えることもありますが、どんな物語を書くか決めたときに、とっておいたアイディアを一場面としてアレンジして使います。
文章は、中心になるシーンを決めたら、後は自然に出てきます。
絵については、図鑑や写真など参考にした方が、僕は書きやすいです。
上手くは描けないので、自分の感覚が色や形に出せるように描くことを、心がけています。

【Q】 (三人へ)映画への思いを聞かせて下さい。
(A) 人と関わるのが苦手な僕たちは、本当の姿をなかなか人にわかってもらえません。 社会の中で、僕たちも、人として存在しているのです。
僕たちのことを理解して欲しいと思うと共に、新しいコミュニケーション方法の可能性について、知って欲しいと思います。


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